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ひろしま歴史街道散策くらぶ
7月定例報告会<2013.7.18>
○ひろしま歴史街道散策くらぶ:7月定例会報告 平成25年7月18日(木)


1.開催日時 平成25年7月18日/木曜日
2.講演会場:広島市中央公民館 
3.散策会 :「出雲石見街道と八木周辺」 

講演会場を地図で見る(広島市中央公民館:■←googlemap)

(1)講演会 10:00~12:00 テーマ:「長州戦争と戊辰戦争」

幕末のペリー来航(1853)を契機に日米和親条約が調印されると、広島藩において洋式大砲試射や三家老の藩政改革建白書提出など近代化の動きがあり、内海航路の定期便等の開設がありました。伊井直弼による無勅許の日米修好通商条約の調印(1858)で、安政の大獄が行われました。

長州藩を主体に急進的尊王攘夷派を追放(八月十八日の政変)し、それに反発した長州藩が禁門の変(1864)を起すも失敗し、これを理由に幕府は長州勢力を攻撃(第一次長州戦争)し、長州藩は三家老の首級を示し恭順を表しました。

高杉晋作等の倒幕派が勢力を得て動きを強め、幕府は再度長州藩を攻撃(第二次長州戦争)(1866)したものの悉く失敗し、結果は佐伯郡西部の20ケ町村に大きな被害をもたらしました。「お入り込み」と云われる戦争景気が起こったものの、高物価に庶民は困窮しました。

その後将軍慶喜による大政奉還(1867)があり、江戸幕府が滅亡し新政権樹立するものの、旧幕府の諸藩兵が京都で薩長の新政府軍と交戦(鳥羽・伏見の戦)(1868)を開始し、その後各地(北陸・関東・奥羽)で交戦を繰り返し、最後は五稜郭の戦い(1869)で戊辰戦争は終結しました。

広島藩も薩長土肥の諸藩と共に応変隊や神機隊を派遣し、会津戦争にも参戦し江戸幕府の終焉を見届けました。やがて明治2年(1869)の藩籍奉還、同4年(1871)の廃藩置県により、武一騒動を始め藩内は揺れ動き、藩主や家臣は東京へと移住しました。

(2) 散策会 14:00~16:30 テーマ:「出雲石見街道と八木周辺」
 天候:晴時々曇
集合場所:JR可部線:上八木駅 14:00(■←googlemap)

〇今回のルート詳細 

より大きな地図で ひろしま歴史街道くらぶ散策20130718 を表示 

・散策経路:「八木用水~八木峠~八木市跡~七軒茶屋跡」

曇り空の中で定刻より少し遅れJR上八木駅を出発し、八木小学校内のキツネ岩の話を聞きました。

八木用水沿いを下り不老長寿の尊崇を伝える観音堂を遙拝し、福島正則が広島城下の北の大門を置いた云われる八木峠を通り、関所跡や一里塚跡の解説を受けました。

八木用水隊道出口をみて、香川氏の居城八木城跡を眺め、八木市跡の胡子神社にて参拝しました。

古代佐伯・安芸郡界の第一古川に沿う道に出て、護岸の八木梅林跡を眺め、県道八木・緑井線(旧国道54号)に入り佐東公民館にて休憩しました。

七軒茶屋の恵美須神社や緑井の黄幡神社に参拝し、広島交通緑井バス停にて無事解散しました。
 
 
解散場所:広島交通緑井バス停 16:30  解散(■←googlemap)

◎講師・案内 佐々木卓也指南役

(3)開催状況: 
  講演会: 23名 散策会:16名

(4)配布資料:
  「長州戦争と戊辰戦争」8枚組 「安佐南散策マップ」八木・緑井2ルート
(5)特記事項:
  
午後4時30分ごろ無事到着し解散し、広島バスセンター方面に向かい、紙屋町界隈で親睦交流会を行いました。

以上、「ひろしま歴史街道散策くらぶ」平成25年7月の活動報告でした。
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