FC2ブログ
ひろしま歴史街道散策くらぶ
5月定例報告会<2014.5.15>
○ひろしま歴史街道散策くらぶ:5月定例会報告 平成26年5月15日(木)>



1.開催日時 平成26年5月15日/木曜日
2.講演会場:広島市中央公民館 
3.散策会 :河内神社・宮風呂神社・寺川観音・日吉神社・北原地蔵


講演会場を地図で見る(広島市中央公民館:■←googlemap)

(1)講演会・10:00~12:00
○テーマ:「古代山陽道と備前国建国」

・講演 内容:
童話桃太郎の話があり、五穀(キビ・アワ・ヒエ・ムギ・コメ)のキビと古代吉備国との関連を解説されました。古代吉備氏は大和王権と姻戚関係にあり(『古事記』『日本書記』)、大和王権成立時に重要な役目を果たしたものと思われます。

吉備国は持統天皇3年(689)備前国・備中国・備後国の3国に分割され、更に和同6年(713)備前国北部の6郡を割き美作国が建国されました。

備前国は七道の大路山陽道に属し、現在の岡山県東南部を主にとし兵庫県や香川県の一部を含み瀬戸内海に面します。国力は上国、距離は近国、郡郷数は8郡51郷、一宮は吉備津彦神社です。

古代から農業が発達し古墳時代からの鉄の生産地であり、塩田作りも行われました。瀬戸内海に面し海上交通の利便さで経済的に豊かな国となり、刀剣が備前物と呼ばれて重んじられ、焼物も備前焼として全国に流通しました。

鎌倉時代は土肥氏が室町時代は赤松氏が守護として支配し、後に守護代の浦上氏が赤松氏を締め出し、戦国末期には浦上氏の家臣宇喜多道家が浦上氏を追出しました。

江戸時代は池田氏が姫路より、宇喜多氏の居城岡山城に入り、幕末に至り岡山藩政は続いたのです。

(3)散策会 13:30~18:00
○テーマ:「都志見往来(岡岷山絵巻)」 天候:曇のち晴 

集合場所:JR五日市駅 13:30 (■←googlemap)

〇今回のルート詳細

 より大きな地図で ひろしま歴史街道散策くらぶ20140515 を表示

・散策経路: 河内神社・宮風呂神社・寺川観音・日吉神社・北原地蔵
・散策内容:
JR五日市駅から河内農協バス停へと移動し、曇勝ちの中を出発し荒木三郎翁彰徳碑や県道改修碑を見て河内公民館に向かい、公民館に残る江戸時代に画かれた上河内村の絵図の説明を受けました。

明治40年(1907)に上河内・下河内・上小深川・下小深川の村社を合祀した河内神社に参拝し、荒谷川沿いの都志見往来に出ました。

『都志見往来諸勝図』「宮ふろ」を画いた宮風呂神社前にて説明を受け、現在は辺り一面木が茂り絵図とは少し違っていました。

都志見往来(現在一部は人の往来が不能)を歩き、寺川観音堂に参り日吉(権現)神社にて参拝しました。

旧河内村と旧八幡村の境(山陽自動車高架橋下)の川坂にて『都志見往来諸勝図』「寺田」を画いた場所について説明を受けました。現在でも遠くの山々は変わらず、八幡川対岸にあった広島綿糸紡績工場(現在リサイクルセンター)の説明を受けました。

北原浄水場跡の前を通り北原地蔵堂を参拝し、東迫配水池跡下の旧県道を三和中学校入口バス停まで歩き、JR五日市駅までバス移動した後に無事解散しました。

江戸時代に山県郡都志見の駒が滝に参った、岡岷山の画風と威徳を偲んだ旅となりました。


解散場所: JR五日市駅 18:00ごろ解散 (■←googlemap)


◎講師・案内 佐々木卓也指南役

(4)開催状況:講演会:25名 散策会:19名

(5)配布資料:(1)「古代山陽道と備前国建国」5枚組 (2)当日散策地図 1枚組

(6)特記事項:
解散後JR五日市駅前にて参加者14名(うち女性6名)で親睦交流会を行い、
夜遅くまで講演会や散策会の感想やいろんな提案や意見を頂戴しました。 

以上、「ひろしま歴史街道散策くらぶ」平成26年5月の活動報告でした。

----------------------------------------------------------------------
興味をもたれた方、詳しく知りたい方や、報告資料・散策地図についての
ご意見・ご質問などありましたら下記の「連絡先」から記載されている
メール・電話番号へ、お気軽にご相談ください。
過去の散策地図や講座資料が欲しいといったご相談にも対応いたします。
←こちらをクリックで連絡先へ移動します。
スポンサーサイト