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ひろしま歴史街道散策くらぶ
6月定例報告会<2014.6.19>
○ひろしま歴史街道散策くらぶ:6月定例会報告 平成26年6月19日(木)>



1.開催日時 平成26年6月19日/木曜日
2.講演会場:広島市中央公民館 
3.散策会 : 志和口駅~桜峠~住吉神社~轟の瀬~久保浜~妻の峠~中三田駅 


講演会場を地図で見る(広島市中央公民館:■←googlemap)

(1)講演会・10:00~11:30
○テーマ:「古代山陽道と美作国建国」

・講演 内容:八つの令制国を巡るシリーズの第3回「美作国建国」
 
 播磨、備前に続き3回目は、備前国分轄についてでした。美作国分置は、大国吉備の勢力を抑えるため行った分轄の総仕上げともいえます。古代より備前国北部では、良質の鉄や銅の産出があったため多くの移住も有り、古代国家はかねてよりその富を欲していました。
 
 百済に端を発する百済王南典と、崇神天皇の系譜を持つ上毛野堅身の提案により、北部6郡が分置され後に7郡64郷の美作国が誕生しました。初代美作守に上毛野堅身が就任し、国内の鉄資源を大和政権の管理下に置くため、英田・錦織等の大和王権と直結する部民を配置しました。
 
 国府から直接大和に鉄などを運ぶために美作路を造らせ、後に出雲街道へと繋がったのです。美作国のように正式な発掘の下に全ての郡家の跡が想定されている国は全国的に例を見ないそうです。国家的戦略が有り、律令体制の中で国府・郡家・国分寺等、最も具体的に配置されたと思われます。古代地方制度のモデル的国と言えます。 
 
 山地が多く平地が少ないため石高は少なかったようですが、鉄を中心に栄え、天領が置かれたこともあり、吉備4国の中では、重要な位置を占めていました。

(3)散策会 14:10~17:25
○テーマ:「三田往来と三篠川筋」 天候:晴 

  集合場所:JR芸備線志和口駅 14:10 (■←googlemap)

〇今回のルート詳細


より大きな地図で ひろしま歴史街道散策くらぶ20140619 を表示

・散策経路:志和口駅~桜峠~住吉神社~轟の瀬~久保浜~妻の峠~中三田駅
・散策内容:
  JR芸備線にて14時過ぎに志和口駅に到着。地元の方1名と合流し、白木公民館に立ち寄りました。志和街道の石碑を通過し、毛利輝元が半年で造らせ、2年で吉田郡山から転居搬送したといわれる中郡古道を歩きました。荒神社や胡子社に参拝し堀越辺りには当時市がたち賑わっていたそうです。

 お紺の悲恋の話が残る桜が池を過ぎ山道へと入りました。当時は一間ほどの道幅があったとされますが、現在は雨や倒木により見る影もありません。一部には当時を偲ばせる石畳の跡も見られました。今回の難所桜峠(さくらがたお)は、現在は新しい県道沿いにその名が残ります。
 
 山道を抜け河津川沿いに下ると、三田川(現在の三篠川)の水運と農業開拓の守りの住吉神社が、産土神を祀る荒神社と隣接していましたが、残念ながら拝殿の内部は見られませんでした。実際の中郡古道は現在では殆どが民地となり、通れない場所が多いようです。 路傍に灰小屋(はんや)が残っており二毛作が行われていたことが伺われます。

 轟の瀬は三篠川中流の難所のため川船を通すための水路が本流に沿い造られていたそうです。久保浜は三篠(三田)川水運の3つの中継港の1つであり、上三田地区の繁栄の跡が偲ばれました。

 安駄山を正面に見ながら歩き、17時過ぎに中三田駅に無事到着し散策会を終え、JRにて広島駅に移動しました。

解散場所: JR芸備線 中三田駅 17:25ごろ解散 (■←googlemap)


◎講師・案内 佐々木卓也指南役

(4)開催状況:講演会:23名 散策会:19名

(5)配布資料:
(1)「古代山陽道と美作国建国」3枚組
(2)当日散策地図・説明書 2枚組


(6)特記事項:
解散後JR広島駅前にて参加者11名(内女性6名)で、親睦交流会を行い、
次回散策会の話や、新メンバーを迎え、自己紹介等で盛り上がりました。

以上、「ひろしま歴史街道散策くらぶ」平成26年6月の活動報告でした。

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