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ひろしま歴史街道散策くらぶ
10月定例会報告
○ひろしま歴史街道散策くらぶ:10月定例会報告 平成26年10月16日(木)



1.日時 平成26年10月16日(木)

・講演会:10時から、
・散策会:13時30分から


2.会場 広島市中央公民館
・所在:広島市中区西白鳥町24-36  ・TeL:082-221-5943


大きな地図で見る■←クリックで拡大検索できます。(GoogleMap)


3.費用 参加費:500円/一人

4. 内容
○講演会:「古代山陽道と周防国建国」
・講演会開始時間:10時00分から 
・講演テーマ:古代山陽道に沿う八つの令制国を巡るシリーズの第7回「周防国建国」
・講演内容
 周防国には、周防国造・大島国造・都怒国造・波久岐国造(関連古墳や出土品が不明のため実在したかどうか不明)の四国造に支配されていましたが、7世紀に周芳国として設けられ7世紀末に周防国と改称しました。大隅国熊毛郡・周防国熊毛郡と同名の郡があることから南九州との関連があると思われます。

 中世大内氏が自らの祖神として、朝鮮半島百済国の王族琳聖太子と伝える人物が百済から周防国多々良浜に上陸し、大和王権から多々良の姓と地を賜ったとされています。タタラの地名や氏姓を考えると、銅や鉄の生産に関連ある国であるとも思われます。

 柳井市には周防国最大の茶臼山古墳(前方後円墳)があり、光市にある標高350mの石城山(いわきさん)には、神籠石(こうごいし)という古代山城(白村江の戦いに起因)跡も存在します。

 山口市には和同開珎を鋳造した周防鋳銭司跡もあり、山陽道に属し国勢は上国、距離は遠国、郡郷数6郡45郷となり、一の宮は防府市にある玉祖神社です。

 領域は山口県東南半分を占め、古代の中心地は多々良氏との関連から、佐波郡に国府・総社・国分寺が配置されました。中世には吉敷郡に移住した大内氏が周防・長門両国の守護職となり支配し、戦国末には毛利氏の領国となり明治維新まで続きます。

○散策会テーマ:「三田往来と太田川筋」  天候:晴
・集合場所:「JR芸備線 玖村駅」
・集合時間:13時30分

散策ルート

より大きな地図で ひろしま歴史街道散策くらぶ20141016 を表示

・散策出発地:「JR芸備線 玖村駅」
・散策経路
:「高瀬堰~
月野瀬神社~教蓮寺~弘住神社~大歳神社~教円寺~原神社~松笠観音参道~龍泉寺」

・散策内容
 快く晴れた秋空の下で定刻に玖村駅を出発、近くにある玖村地区の総鎮守眞亀山神社に参拝し、石段の途中で先日の大雨による八木の土石流の痕跡が何本も見え事故の悲しみを新たにしました。

 玖村・岩上・末光・諸木の各地区は、明治28年(1895)に深川村から分離し落合村となりました。開基当初は真言宗で現在は浄土真宗の円正寺を訪ね、ご住職から由緒や落合村役場の話しを聞くことができ、本堂内の内陣を拝観しました。

 小祠の大歳神社から山道を越え凱旋碑の側を通り、口田公民館でトイレ休憩しました。住宅団地を過ぎ阿武山麓の八木地区の被災地の全容を俯瞰し、縄文海進の後に居住可能となった西願寺山墳墓群(石室は河原石が多く使用されている)を見学し、1000年以上の歴史を持つ口田地区最古の月野瀬神社に参拝しました。

 明治22年(1889)に江戸期の矢口・小田の両村が合併し口田村となり、中世には東野・中筋・古市の地域と共に「北の庄」と呼ばれていました。

 北郊の玖村で発生した木履(桐下駄)生産や、古市を中心に麻苧(大麻)生産が隆盛を極めました。浄土真宗の古刹の教連寺や教円寺と立ち寄り、古墳時代後期のものといわれ口田地区では唯一の横穴石室を持つ平野神社古墳(石室入口が平野神社となっている珍しい神社)を見学参拝しました。

 小田の土手跡や渡し場の石標をみて、小田の渡し場跡にて太田川の付替え以降の交通路を確認し、太田川舟運に支えられた往還を回想しました。松笠観音への参道入口に立つ岩海の地蔵堂を拝み、西の山に落ちる太陽を見ながらJR戸坂駅に到着し無事解散しました。

・解散場所:「JR芸備線 戸坂駅」■←(googlemap)
・解散時間:17時

※解散時間は散策の状況によって多少、前後します。ご了承ください。


○案内人:佐々木卓也 指南役

5、開催状況:講演会: 20名 散策会: 18名

6、交流会
 散策会終了後に広島駅南口界隈に移動し、11名参加(内女性5名)にて交流会を開催しました。


7、配布資料:
(1)「古代山陽道と周防国建設」4枚組 
(2)「中郡古道散策地図:落合・口田編」2枚組

以上、「ひろしま歴史街道散策くらぶ」平成26年10月の活動報告でした。
 

興味をもたれた方、詳しく知りたい方は下記の「連絡先」から
記載されているメール・電話番号へ、お気軽にご相談ください。

←こちらをクリックで連絡先へ移動します。 
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9月定例報告会<2014.9.18>
○ひろしま歴史街道散策くらぶ:9月定例会報告 平成26年9月18日(木)



1.開催日時 平成26年9月18日/木曜日
2.講演会場:広島市中央公民館 
3.散策会 
:落合一里塚~
祇園神社~荒山峠~愛宕神社~中野公民館~鳥の上一里塚~矢口神社~専念寺


講演会場を地図で見る(広島市中央公民館:■←googlemap)


(1)講演会・10:00~12:00
○テーマ:「古代山陽道と安芸国建国」
・古代山陽道に沿う八つの令制国を巡るシリーズの第6回「安芸国建国」
講演内容
 [安芸]の地名の起源は、水田耕作の発祥の地とされる筑前国宗像郡秋郷と想定がなされ、 瀬戸内海を経て現在府中町を中心とした場所に安芸郷を構え多家神社が祀られていますが、土佐にも同じ安芸郷があり多家神社が祀られ神武伝説が残っています。

 遠く陸奥国信夫郡にも安岐(あき)の地名が残り、各地に(あき)の地名が残ることから、宗像の海人は船と一緒に遠賀川式土器を船に乗せ、全国に水田工作を伝えたのではないかということです。各地の宗像の神は全て大社として祀られ、その終着地が嚴島神社となりました。

 大路の山陽道が通り、午後から散策する荒山も含め各駅には駅馬20匹を置かれていました。土地は広いが水田面積が少なく租税には苦しみましたが、遣隋使や遣唐使などの乗る遣使船を造らせており、古代より造船業の先進地でした。

 古代には安芸郡・沼田郡・高田郡に[船木]の郷名が残っています。呉(くれ)は、古代中国の呉(ご)より技術の伝わったこと、造船に榑(くれ)材を用いたことが地名の出自となり、戦前には日本最大の戦艦[大和]誕生の地となりました。
 
(2)散策会 13:45~17:00
○テーマ:「古代山陽道と瀬野川流域」  天候:晴れ

集合場所:JR山陽本線瀬野駅 13:45 (■←googlemap)


〇今回のルート詳細

より大きな地図で ひろしま歴史街道散策くらぶ20140918 を表示

・散策経路
:落合一里塚~祇園神社~荒山峠~愛宕神社~中野公民館~鳥の上一里塚~矢口神社~専念寺

・散策内容:
 JR山陽本線瀬野駅に13時45分に集合し、二号線を横断し西国街道を東へ歩くと、落合道標と落合の一里塚跡碑があり、説明を受けていると[満点ママ]のロケに遭遇しました。

 中倉神社・生石子神社・浄行寺は少し遠いので、この度は説明だけとなりました。Uターンして広島方面へと歩き、丸畑橋から丸山城跡を臨みました。出口橋の下を流れる川は赤茶色をしており、昔鑪場があったのではと推察されます。 
 
 鎌倉期には創建されたと伝える祇園神社の祭神は素戔嗚尊で、丸山城本丸を西から守る形で建てられています。荒山峠は駅跡で当時20匹の馬を放牧していたそうです。瀬野川向こうに天照大神を祀る切幡神社を臨むことができました。昔は渓流沿いに[ソウズ]と呼ばれる水車小屋が沢山有り、二毛作で収穫した小麦を挽いていたそうです。現在の住宅地は棚田だったそうで、川向こうに随泉寺を臨むこの辺りは、殆どが元々真言宗のお寺でしたが、浄土真宗に改宗したそうです。
 JR中野東駅で一休みし、すぐ下に旧道が残る愛宕神社に参拝しました。中野公民館で休憩した後に阿曽沼氏墓所がある蓮華寺山を右手に歩き、落合から一里の旧山陽道鳥上の一里塚跡に着きました。

 八幡宮である矢口神社は、神功皇后が海田辺りから放った邪気祓いの矢がここまで飛んできたのが社名の由来だそうで、遥遠くに瀬戸内海が見え、参道途中の水田の脇に旧道が残っていました。

 外陣に柱のない珍しい造りの本堂の有る専念寺は、浄土真宗改修以来400年の歴史があるそうです。お茶を頂き清水七郎右衛門作の伝承の庭も拝見できました。17時20分にJR安芸中野駅到着し、無事散策会を終えました。

解散場所:JR山陽本線安芸中野駅 17:00解散 (■←googlemap)


◎講師・案内 佐々木卓也指南役

(3)開催状況:講演会: 23名 散策会: 22名

(4)交流会
 散策会終了後に広島駅南口界隈に移動し、13名参加(内女性6名)にて交流会を開催しました。


(5)配布資料:
(1)「古代山陽道と備中国建国」3枚組
(2)当日散策地図・説明書 3枚組

以上、「ひろしま歴史街道散策くらぶ」平成26年9月の活動報告でした。 
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