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ひろしま歴史街道散策くらぶ
11月定例会報告<2016.11.17>

○ひろしま歴史街道散策くらぶ:11月定例会報告 平成28年11月17日(木)

                                                    


(写真は福永八幡神社参道から三田方面を望む)

1.日時: 平成28年11月17日(木)

・講演会:10時00分~11時40分

・散策会:14時00分~16時30分ごろ

2.会場 広島市中央公民館・所在:広島市中区西白鳥町24-36

・開始時間:10時00分

・Tel:082-221-5943

 

3.費用 参加費:500円/一人

〇講演会

・テーマ「近代社会と広島県政」⑧文明開化と広島県政」

: 講演内容

 本シリーズ8回目は、西洋文明が入り旧来の制度や習慣が大きく変化し、近代化=西欧化はそれ自体明治政府の一貫した課題でした。

 明治初期の世相風俗が封建社会から大きく変化をとげた時期を、文明開化および御一新と称しました。散切物は当時歌舞伎の演目にも供され、食文化を始め西洋化は大衆生活にも取り入れられ、それらは都市部や一部の知識人に限られ、地方では江戸後期の風習が続き、生活の変化は緩やかなものでありました。

 広島県名の出自は県庁所在地の広島市に由来し、天正17(1589)からの毛利輝元による広島城築城時に命名されました。毛利氏は元の通字以外広も諱に使用し、完全に臣従した者には元を、それ以外の国人衆には広の字を与えました。

 広島とは毛利家にとって重要な広と、この地の豪族福島元長の島を併せた説が有力です。他説には、太田川デルタが広大のため広い島からの命名説もあります。

 広島県は広島藩主の東京移住に伴い、新政府より県令が赴任し県庁は、政府の軍事施設の新設に伴い城下各所を変転しました。それがかつての広島城下を軍都として整備され、城下中心部の西洋化に伴う建築・交通・通信・教育など近代化へと継続されました。

〇散策会・テーマ「三田往来と郡界地域」天候:晴れ

・集合場所「JR芸備線白木山駅」

・集合時間:14時00分

・散策経路・詳細


                                            
「散策経路・詳細」■←クリックで拡大検索できます。(Google Map)
                                                                                                                          
・散策出発地
「JR芸備線白木山駅」
・散策経路

:「順覚寺~西福寺~福永八幡神社~観音堂~紅梅山天満宮~

                      西八幡神社~胡子神社

散策内容

 JR芸備線白木山駅に集合し出発し、東隣の順覚寺では伽藍や本堂内の本尊や天井絵を拝見しました。楢崎街道(旧県道)に入り西福寺を遥拝し、奉納された大きな石灯籠を廻り急坂の石段を登り福永八幡神社に参拝し、小高い境内からの眺めは最高でした。

 近世中郡道に入り、三篠川河岸の岩盤上に建つ宮原観音堂(やつで観音)を参拝し、薄暗い狭い山道に入りました。三篠川端の細い崖道は真下に三篠川の激流を望み、注意深く進み郡境を越えて柳瀬の吊り橋へ至りました。

 中郡道の趣ある街並みを愛でながら、紅梅山天満宮を拝し西八幡神社へ参り、佐々木先生が安全を祈り祝詞を奏上され、絵馬と9本柱の謂れを聴きました。

 狩留家の街並に入り、郵便局前の胡子神社を参拝しました。狩留家の落ち着いた集落には、旧芸備銀行跡のモダンな建物も残されていました。

 立冬も過ぎ小春日和で、散策にはもってこいの季節の中で、全員予定通りの時刻にJR芸備線狩留家駅に到着し、無事の錦秋の散策を終えました。

〇解散時間16時30分

〇解散場「JR芸備線狩留家駅                        

〇講師・案内 佐々木卓也指南役

4.開催状況 講演会:12名 散策会:10名
5.配布資料:「近代社会と広島県政⑧明治維新と広島藩政」6枚組

6.特記事項



散策終了後に広島駅まで列車移動し、交流会は6名(女性1名)で行いました。

以上

※興味をもたれた方、詳しく知りたい方は下記の「連絡先」から 記載されているメール・電話番号へ、お気軽にご相談ください。

 
←こちらをクリックで連絡先へ移動します。
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