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ひろしま歴史街道散策くらぶ
12月定例会報告<2016.12.15>

○ひろしま歴史街道散策くらぶ:12月定例会報告 平成28年12月15日(木)


(写真はマツダスタジアムから広島駅方面)

1.日時: 平成28年12月15日(木)

 ・講演会場:広島市中央公民館 

  :講演テーマ:「近代社会と広島県政」⑨広島県政と市郡町村

   : 時間 10時00分~11時40分

  

・特別講演会場: 大洲学区集会所

  :特別講演テーマ:「広島城下東郊の西国街道逍遥」

   : 時間 13時30分~15時30分


・散策会:大洲集会所~広島駅方面

   : 時間 15時40分~17時00分

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3.費用 参加費:500円/一人

4.講演会

(1)講演テーマ:「近代社会と広島県政」⑨広島県政と市郡町

 明治政府が実施した大区小区制は、江戸時代の庄屋や名主などを廃止し、戸長制を全国一律に実施しました。大区には区長を小区には戸長を置き、江戸時代の庄屋や年寄などを任命し地域の名前は数字を用いました。

 発足から大区小区は増減し安定せず、地方の実情に合わず、明治22年に市制町村制が施行され広島県は1市464町村となりました。従来の沼田郡と安芸郡に分属した広島は独立した広島区となり、市制施行に伴い広島市となりました。

 広島区役所は大手町1丁目に置き、初代中尾正名・2代栗原幹が区長に任命され、各町村にも戸長役場が置かれました。明治22年に千田貞暁県令の努力で宇品築港が完成し、皆実新開南方の宇品島に至る広大な陸地となり、同27年には山陽鉄道が広島まで延伸開通し軍都へと向かいました。近代都市形成上で道路や橋梁の整備建設の進展は、城下町からの脱出に大きな役割を果たしました。

 明治6年の新大橋を始め新橋・柳橋・万代橋など相次いで架橋されました。篤志家の私費の橋梁は一定の期間渡橋費が徴収される有料橋となったものの、国道整備が本格化し基本ルートが整備されました。

(2)特別講演テーマ:「広島城下東郊の西国街道逍遥」大洲学区集会所

 大洲学区集会所で青崎公民館主催の大洲出前講座に参加しました。安芸郡内の西国街道の成立や、毛利・福島・浅野の各時代で、西国街道は山手から海岸寄りに、城下の街中へと変遷された経緯を、宿駅の経過を含め解説頂きました。

 西国街道には宿駅や一里塚が置かれ藩内唯一の脇街道で、海駅も発達し川口番所を置き管理されました。城下町は七つの川と五つの町組で支えられ、旅人らは東宿と西宿に留め置かれました。

 城下町衆への食糧供給として新開開作が進められ、福島・浅野二代に渡る新開地は広大なものとなり新開組が誕生しました。城東地区の地形・町組・町名・戸口・産物・古寺社・名勝・古跡についても紹介され、大洲地区の人たちの参加が多く盛大な講演会となりました。

5.散策:大洲集会所~広島駅方面 15時40分17時00分 天候:小雨

 特別講座終了後、大洲集会所からマツダスタジアム前ではリーグ優勝の名残を噛みしめ、宮地獄神社の赤い鳥居をくぐり参拝しました。荒神町の昭和の匂いが残る裏路地を抜け、荒神橋から柳橋を渡り徳栄寺本堂で拝観休憩し、仏壇通りを抜け福屋前で解散しました。

○講師・案内 佐々木卓也指南役

6.開催状況 講演会:12名 特別講演・散策会:9名

7.配布資料「近代社会と広島県政⑨」

6枚組「広島城下東郊の西国街道逍遥」当日資料

8.特記事項散策終了後「肉のますゐ」で8名(女性4名)参加にて忘年会を行いました。

以上

※興味をもたれた方、詳しく知りたい方は下記の「連絡先」から 記載されているメール・電話番号へ、お気軽にご相談ください。


 
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