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ひろしま歴史街道散策くらぶ
9月定例会報告

○ひろしま歴史街道散策くらぶ:9月定例会報告平成30年9月20日(木)



(写真は東善坊)

1.日時: 平成30年9月20日(木)

・講演会場:広島市竹屋公民館

               :広島市中区宝町3-15  082-241-8003

・時間 10時00分~11時55分

                                                                                                                                                              

                                                    

2.講演会内容

:講演テーマ:「歴史街道今昔物語」

⑤古代北陸道と諸国事情

 今月は、京師と東国を結ぶ北陸道は日本海を控え、ヤマトからアズマに連なる諸国の国内事情について解説頂きました。

 北陸道は、五畿七道の一つで日本海に沿う福井県~新潟県に及ぶ地域で、平安初期に成立の、若狭・越前・加賀・能登・越中・越後・佐渡の計7国がこれに当たります。古くは高志国(コシノクニ)・越路(コシジ)と呼ばれ、天武朝(672686)には越前・越中・越後に分れ、若狭は古志の分割前に成立し、和銅5(712)に越後から出羽が離れ、越前から養老2(718)に能登が、弘仁14(823)に加賀が分立し7国となりました。

 安政6(1859)には新潟が開港五港の一つになると、東北地方を結ぶ交通網の拠点として栄え、明治には道路・鉄道の整備が進み、国道8号線や北陸自動車道が律令時代の北陸道を継承しています。

 北陸道の成立起源を辿ると、『日本書紀』崇神天皇10/11年条では、大彦命を北陸(クヌガノミチ)、武渟川別を東海(ウミツミチ)、吉備津彦を西道(ニシノミチ)、丹波道主命を丹波(タニハ)に遣わしたと言う、四道将軍による戎夷を平らげたとの記載も見受けられます。

 北陸道諸国造の状況や、北陸道所属の令制国について、等級・遠近・国府所在地・国分寺・駅・総社・一宮など一覧表として表示され、諸国事情について詳細を聞かせて頂きました。

3.費用 参加費 500円

4.散策会

・ 集合場所「JR可部線可部駅」※集合後バス移動
・集合時間 14時00分
・解散場所  「JR可部線可部駅JR可部線可部駅JR可部線可部駅JR可部線可部駅JR可部線可部※散策後バス移動
〇散策経路詳細                                           

 
○より大きな地図ひろしま歴史街道散策くらぶ・散策経路.20180920

・散策会時間 14時00分~16時20分 天候:曇り 

・散策内容 

JR可部線可部駅に集合し、路線バスにて町屋バス停に移動し、三入公民館で三入荘の説明を受け散策を開始しました。

出雲街道を辿り東善坊では本堂にて、改修の終わった阿弥陀如来像や天井絵、素晴らしい屏風絵を拝観しました。山沿いの道を進み壱の坪一里塚跡の石標を後に下町屋を歩きました。

熊谷氏が政務を行っていた土居屋敷跡を遠望し、熊谷氏13代高直の時代に築かれた県の史跡の観音寺跡は熊谷氏の菩提寺で、本尊は如意輪観音像で御堂の須弥壇には熊谷氏の家紋であるホヤの紋と、その両側に二羽の向鳩が彫刻され、南隣の熊谷氏菩提墓跡も往時が偲ばれ、巨石使用の石垣が続く出雲街道沿いは爽快でした。

山際に沿い初秋の風を受け出雲街道を進み西光寺に着き、御本尊の修理のため京への途中水難に逢い海中深く沈み、自ら光を放ち里人に引揚げられ本堂に安置された、と住職から由緒を伺い、鐘楼や経蔵は見事なものでした。

石見街道との分岐点の横川橋近くの阿弥陀道標には、みよしやひろしまの刻字が読めます。南原口バス停よりバスで可部駅に移動し、本日の散策を無事終えました。曇り空の散策でしたが、交流会は都合上中止しました。

○講師・案内 佐々木卓也指南役
5.開催状況:講演会:10名 ・散策会:4名
6.配布資料:「歴史街道今昔物語」
 ::⑤古代北陸道と諸国事情:5枚組(10)
7.特記事項
以上
※興味を持たれた方、詳しく知りたい方は下記の「連絡先」から

 記載されているメール・電話番号へ、お気軽にご相談ください。
                                                    
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