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ひろしま歴史街道散策くらぶ
12月定例報告会<2013.12.19>
○ひろしま歴史街道散策くらぶ:12月定例会報告 平成25年12月19日(木)


1.開催日時 平成25年12月19日/木曜日
2.講演会場:広島市中央公民館 
3.散策会 :「広島城下町と新開地事情」


講演会場を地図で見る(広島市中央公民館:■←googlemap)


(1)講演会 10:00~12:00 テーマ:「近世藩領と瀬戸内海」

・内容
 江戸時代末期の瀬戸内海西部に面した、備後・安芸・周防・長門・伊予諸国の藩領石高・領内人口・家臣の構成等の説明を受けました。

 陸地近くを航路とする「地乗り航路」(古代以来の主要航路)があり、時代が降り船の巨大化と性能が良くなり、北方からの物産を搬送し主要港しか寄らず、陸地から離れ航路する「北前船」や「弁才船」の「沖乗り航路」が主流となりました。

 大名の参勤交替に際し内海に面する諸藩は、自領の主要港から出港しており、内海には面しない津和野藩は廿日市、浜田藩は草津から出航し、播磨国室津港からは陸路を利用していました。

 「十州塩田」については、江戸後期に塩田が拡大し増加したため生産過剰となり、低価格となったため各浜では休浜協定が成立しました。

 それで明和8年(1771)に田中藤六が提案した「三八の法」(3~8月のみ塩田操業)が提案され、明和期以降には備前国瑜伽山と安芸国厳島では毎年交替で「諸国塩浜会議」が行われました。

 さらに東西の生塩の流通経路ができ、明治18年(1885)には瀬戸内10か国で生産規制が行われ、次第に廃止されました。


(2) 散策会 14:00~17:30 テーマ:「広島城下町と新開地事情」
 天候:曇時々晴

集合場所:メルパルクヒロシマ西側広場13:30(■←googlemap)


〇今回のルート詳細

より大きな地図で ひろしま歴史街道散策くらぶ20131219 を表示

・散策経路: 
メルパルク前~旧白神筋~中区役所~東寺町~旧平田屋川筋


・内容
 寒い曇り空の下にメルパルク前を定刻に出発し、一丁目御門跡の説明を受け地下街に入りかつての外堀の下を抜け地上に出ました。

 旧町名の説明を聞きながら旧白神筋を南下し、平和大通りにて東に曲がり、旧国泰寺跡を見て白神社に参拝し、西堂川・西堂橋の説明を受け、白神筋に戻り隆向寺・金毘羅神社を経て毛利の家紋を使用する普門寺に立ち寄り、児童文学者の鈴木三重吉・『知新集』編者飯田篤老の墓碑がある長遠寺(じょうおんじ)にて住職より鈴木三重吉や飯田篤老の話を聞きました。
 
 本逕寺(ほんぎょうじ)にて本堂に上がり御本尊を拝観し住職の話を聞き、その後に春和園跡に建つ中区役所にて休憩しじぞう通りを北上しました。茶人上田宗箇の遺髪塚のある禅林寺を始め、金龍禅寺・延命院と立ち寄りました。

 本照寺において東京軍事裁判でただ一人日本の無罪を主張したインド代表判事パール博士の碑文についての説明を受け妖怪伝説の稲生武太夫の墓に参りました。

 清岸寺・妙慶院・戒善寺・竹屋地蔵尊を経て、園隆寺の稲荷大明神(とうかさん)に参拝し、八丁堀にて無事解散しました。


解散場所:金座街:福屋八丁堀本店前17:30ごろ解散(■←googlemap


◎講師・案内 佐々木卓也指南役

(3)開催状況:講演会:25名 散策会:23名

(4)配布資料:「近世藩領と瀬戸内海」:6枚組

(5)特記事項:散策後に参加者20名(うち女性7名)にて忘年会兼親睦交流会を行いました。

以上、「ひろしま歴史街道散策くらぶ」平成25年12月の活動報告でした。
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